第三章 新しい恋人

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何の変哲も無い空のクローゼットがそこにあった。しかしその目を上に投げかけた時、雄二はギョッとした。天井の板が、引きちぎったように剥がれていた。雄二はいつぞやの大きな音を思い出した。そしてクローゼットの中に半身を入れ、剥がれている天井の奥を覗き込んだ。そして、雄二は裂けた板の間から、黒く光った誰かの目と、目を合わせてしまうのである。薄暗い闇の中で、目は異様な光を放ち、雄二を睨み付けた、雄二の体に曽てない衝撃が走った。雄二は無我夢中であたふたとそこから抜けだし、凄い勢いで扉を閉めた。そして、さっき抜いたばかりの釘を、手当たり次第に打ち付けたのである。 その日の夜、百合はいつものように雄二の部屋を訪れた。手には夕食の材料と、食後のワイン、CDが入った袋を下げている。 その夜、雄二はいつにも増して優しく、百合の料理を手伝った。テーブルに並んだ料理もワインも、雄二が買ってきた花もいつも通りだったが、雄二だけがいささか違っていた。百合はワインの酔いに顔を赤らめながら言った。 「雄二さん、どうしたの?今日は落ち着きがないみたいだけど」 確かに雄二の鼻息は荒く、尋常ではなかった。その夜、百合の寝息を傍らで聞きながら、眠れずぎらぎらした目を闇の中に向けている雄二がいた。雄二は知らず知らずのうちにクローゼットを睨み付けていた。今にもその扉かが音をたてて開き、中から髪を振り乱した萌が、妖怪のように踊り出て来るような気がしてならなかったのである。だがやがて、雄二もいつしか眠りの中に落ちていった。 気がつくと、静かな部屋の中で雄二は目覚めていた、雄二は傍らを見た。百合は向きを変えて顔を向こう側にして丸くなり、眠っていた。窓から月の光が射し込んで部屋を靄のかかった風景のようにぼかしていた。雄二は心安らかな気持ちになった。(そうだ、ここを出よう。こんな優しい天使のような女の子が、自分にはいる。そんな幸せが他にあるだろうか。百合だけは守らなければならない。何としても) そう考えると、雄二の中からむくむくと新しい力が湧いてきた。 (そうだ、朝になったら新しい住まいを探しに行こう) 雄二は何となく浮き立つような気分になり、早速それを口に出して言った。 「よーし、新しい部屋を探しに行こう!」 その声が部屋の中に反響するのを聞いて、雄二はますます心が穏やかになった。
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