一章 出会い

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雄二の部屋には、一間の押し入れと半間のクローゼットがあった。部屋に入ってすぐのクローゼットは、まったく使われていなかった。ある時そこを開けてみて、萌はワァーッと声を上げた。 「いいわねぇ。私、ここに住めそう。ねぇ、ここに住んでもいい?」 「何言ってるんだ。住めるわけがないじゃないか。いい加減にしろよ!」 雄二は取り合わなかったが、萌は酷く気に入ったらしくいつまでもその中を眺めていた。萌は狭い所が大好きで三畳の部屋に住んでいたこともあると言う。部屋と言うよりは、巣という感じの狭苦しい場所がお気に入りだそうだ。  ある時雄二は心を鬼にして分かれ話を切り出した。萌がうっとうしくてたまらなくなっていたからだ。すると萌は、顔を凍り付かせ、高い声で嫌だ嫌だと叫びながら手足をばたつかせて激しく抵抗した。その様子はウミガメが砂浜でひっくり返ってもがく姿に似ていた。 そして萌は素早く部屋のクローゼットに潜り込み、中に立て籠もった。雄二が外から戸を開けようとしても、戸はビクともしなかった。萌はクローゼットの中で、得体の知れない泣き方をした。それは乳児の泣き声のような軟弱な声だった。雄二は声が外に漏れるのを恐れ、懸命に宥めた。そのうち泣き声は止み、大人しくなった。が、萌はそこから出て来ようとはしなかった。雄二は萌を一晩中宥め諭した。けれどその甲斐はなかった。  翌朝、雄二は部屋を出た。出る前に何度もクローゼットに向かって声をかけたものの、返事は無かった。雄二は心引かれつつ、部屋を出た。
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