I ~アイデンティティ~

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I ~アイデンティティ~

 I氏は画家である。  I氏の描く絵は鮮明であり繊細、そしてどの絵にも何かしら闇を感じさせられることが特徴である。例えば氏の作品には希望を題材とした作品"朝日"があり、一見すると太陽の眩しさが目について輝かしい印象を受けるのだが、細かく絵を観察してみると光そのものの表現よりも絵の中にある木の陰の表現に重きを置かれていることが分かる。その影は深く、鋭く、光との境界線が明確で、光の眩しさの正体がこの影によって引き起こされていることを知るのにそこまで時間はかからないだろう。  もう一つ氏の絵の特徴を上げると彼の絵に人物が描かれないことだろうか。"朝日"にしてもそうだが、生物の絵を描くことあっても人間の絵は見当たらない。ただ、I氏が人間という存在そのものを無いものとして扱っているのかというとそうでもなく、むしろ人間の存在を示唆するような絵を描くことの方が多いのである。工事現場の絵もあれば人工林、ダムのような人の手が加わった自然の作品もあり、ミシンで服を縫っている絵などはそこに映っていなくても絵の外に人間がいるであろう可能性を秘めている。  極め付けは"逆光"という作品だろうか。描いている人の背に太陽があるという設定なのか影が全部絵の奥の方に向いているのだが、なんとそこには絵を描いている人の影も描かれているのだ。I氏の人物像は分かっていないことが多く、氏は人前に顔を出さないので彼の顔は誰も知らない。もし"逆光"に描かれた影がI氏自身であるなら事実上その作品が一番I氏を詳細に映し出している媒体とも言えるだろう。
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