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あからさまに不穏である。
雨が降り続いている。
鎮守の森の深い緑を打って、地べたにアスファルトにしみ込んでいく。
地元の人間も滅多に通らない裏道だった。
葉子は這いずって、子授け稲荷と呼ばれているちいさな社までたどり着くことができた。
動いた跡がわかるほど出血している。少し離れた位置に立つ少年は、なにかをしきりに呟いている。叫んでいる。泣いているのかもしれない。何故。
葉子の体温はみるみる下がっていく。寒い、寒いと繰り返す。葉子は死に向かっている。切ないほどまっすぐに、逃げ場のないほど濁りなく。
葉子は血液にまみれた自分の下腹をおさえた。天からの最高の贈り物を知ったその帰路に、どうしてこのような目に遭わなくてはならない。
恐怖と狼狽と悲憤。すでに痛みを感じていないことが、自分はもう死ぬさだめにあると葉子に強く意識させた。
「恕有……じょう、ここに来て……恕有、会いたい、顔を……見せ、て……もう一度……あなたの子、」
名を呼んでも葉子の願いのかなうはずもなく、彼女の足元に近寄ってきたのは手にナイフを持った少年であった。
「じょう、またね……」
葉子はこと切れた。
涙も血まみれであった。
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