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 地元の人間しか知らない小さな稲荷社。  背を何度も刺されて尚、新しい命を宿した身を雨に濡らしてはならないと、葉子が思っていたかどうか。  やさしいひと、だった。  少年は死骸を犯した。  雨はやまない。  ※  黒住恕有(くろすみじょう)がその報せを耳にしたのは、妻の命日から半月後のことだった。  捕えられたのは十五歳の少年。最初は名前も教えてもらえなかった。当然前途ある少年の更生を願い、その未来を守るためとの配慮である。  しかし、人の口に戸は立てられぬとの言葉通り、不確定ながら恕有の耳に犯人の姓名が届くのにそう時間はかからなかった。  準政令指定都市などとも呼ばれる旦月市は太平洋に面した温暖な地域で、このところ他都市からの移住者が増している。市の西にカルデラ湖を抱え、その周囲にいくつかの活火山を配した自然豊かな場所でもある。当然温泉も湧く。  恕有は陸上自衛隊を除隊後、生まれ故郷である旦月市に戻り市役所に職を求めた。  葉子という素晴らしい女性を娶り、仕事にも慣れ、これからの人生が光に満ちているような感覚を覚えていた矢先のことであった。  どうして葉子が襲われなくてはならなかったのか。     
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