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牡丹灯籠。大きな花街の一画にある西の国の文学からとった名のある廓である。
俺がこの牡丹灯籠で働きだしたのは今から三年前だった。
昔こそ大名に仕えていたが、10代のころに御取り潰しになりあっちへこっちへブラブラしては喧嘩を売り歩いていた。今思えば全く迷惑な浪人だった。
さして女に興味はなかった。ただ物見遊山のために華やかな街へと続く豪奢な門をくぐったのだ。
以前住んでいたところに花街はなく、何から何まで物珍しいものだった。煌びやかな明かりに女を飾る装飾品。籠の隙間から細い手を伸ばしては道行く男の袖を引いていく。
「ちょいと、お兄さん。寄って行きんせんか?」
後ろから袖を引かれたたらをふみ、振り返って見ればまだまだ年若い遊女だった。
しかし呼ばれたから立ち止まったというのに、その遊女はまるで人違いでもした、とでもいうように俺の顔を見て手を離した。
「……失礼しやした。あんまりお兄さんの後ろ姿が、知り合いに似ていたもんで……、」
すぐに嘘とわかる。お兄さんと呼びかけておいて知り合い云々の言い訳は使えない。
女のいる廓を見上げ牡丹灯籠という字を見つけた。懐に手を入れて持ち合わせを確認する。
「構やしねェよ。ところでアンタを一晩買うには、いくらいる?」
自分から声を掛けたくせに遊女は目を瞬かせた。
女にしては、まして遊女にしては下手過ぎる嘘。それがひどく興味を引いた。
見た目は十分遊び女だというのにどこか乳臭さが、甘さが残る。
この女がどういうものなのか、知りたかった。
あれを切っ掛けに与太坊に絡むのも喧嘩を売って歩くのもやめた。その代わり、武士であったときに培った腕と、幼いころに覚えさせられた三味線をウリに用心棒兼太鼓持ちとして牡丹灯籠に転がり込んだ。
遊郭に男の居場所などないかと思っていたが存外男衆もいた。まだ10代後半だった俺はなかなか遊女たちにも可愛がられそれなりに居心地が良かった。
あの晩、おれが遊女、青藍を抱くことはなかった。ただ一晩中酒を飲みながら話をしただけだった。
話せば話すほど妙な女だと俺は感じた。今思えば、買われたのに抱きもしないというのはその道の者としては無礼なものだったが、青藍はとくに何も言わなかった。
店に入って良かったと、心底思う。仕事もあるし飯も食える。何より同じ牡丹灯籠の中にいると青藍がよく見えた。
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