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おかしい。これはおかしい。しかし誰に聞こうと返事などあるわけがない。
木の生い茂った森の中、私は全力で走っていた。
自慢ではないが、私はとても淑女とは思えないほど運動能力が良い。この国に来る前まではあらゆる国を流浪する民であり、毎日がサバイバルであった。そんな仲間たちの中でも抜きんでて身体の動く私は仲間内で山猿などと揶揄されていた。
この国に来てメイドを始めて数年。まだ体は鈍っていないと言える。
そしてそんな私が走り続けて数分。いまだ私のはるか前を行くあのティアラは一体何者なのだろうか。
もはや加速でもしているのではないかと思えてくる。そもそもここは別に坂道でも何でもないどころか、道は悪く木の根が這い、石が転がるような場所なのだ。なのになぜあのティアラはあんなにも早く転がっているのか。呪われたティアラなんて、きいてない。
正直もうあんな不気味なものを追いかけたくないが、あれを持って帰らなければ私の首が転がることになるし、無理やり任せてきたアンちゃんにも迷惑がかかる。
木々の数が減り、森が開けてきた。そして更なる絶望感が私を襲う。
池だ。
化け物ティアラの進行方向には緑に濁って底など到底見えるはずのない池が鎮座ましましていた。
「やばっ……!」
加速するわがまま姫のティアラ、追う私。
からの、ホールインワン、である。
ぽちゃん、とあっけない音を立てて、美しくも恐ろしいティアラは藻のはった池の底へと姿を消した。
「そん、な……、」
息を切らせて池の淵から覗きこもうとも、ティアラの姿はかけらも見えない。
化け物じみたティアラなのだから重力に等負けず、いっそ池の上を滑走してくれた方が良かった。今まで摩擦力を完全無視していたのに、なぜ池にたどり着いた瞬間に重力という自然法則を思い出してしまったのだろうか。
そもそも私がほうっとしていたのがいけなかったのだ。そんなんだから、足を取られてアクセサリーたちをぶちまけることになってしまった。
悔めど悔めど、ティアラは帰らず。
血の気が引き、鳩尾が冷たくなった。
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