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数日後、このトルコ人は死亡した。錯乱状態からは脱したものの常に姿の見えない何かに怯え、腹痛や頭痛を訴えていた。痛みはどの薬を使っても取れず、心因性のものであると診断された。しかし、彼の死後原因は明らかになった。彼が亡くなってすぐ、彼の死骸からは肥え太った巨大な蛆虫が発見されたのだ。ジャングルで卵を産み付けられた彼の中で、それらは孵化し彼の内臓や脳みそを以って成長した。人々はその事実に戦慄した。
だが人々が恐れたのはその事だけではない。彼の死体にはすでに成長しきって体外へ出てしまったそれらがいるのだ。体内から見つかった蛆虫は通常のサイズの倍以上、しかも未だかつて見つかったことのない種類。そして彼に卵を産み付けた虫はおそらく彼の連れ二人を喰い荒らしたものと同種。それが国内で繁殖すればどうなるか。
それは決して杞憂では終わらなかった。
その虫はじわじわと生息域を広げていった。しかも時間がたつとともに身体は大きなものになっていった。当初は赤道付近以外の国で発生した虫は大きくて十センチ程度であったが、十センチ、二十センチ、三十センチ……今では最大で二・五メートルほどのものが見つけられている。
数百年にわたる攻防で分かったことの一つが、この昆虫は喰えば喰う程大きくなる、といことだ。どこまで大きくなるかまでは危険すぎるため研究は進んでいない。ただ、この昆虫は人間に対する絶対的脅威であることが認識された。そして恐るべきことに、彼らは人間を好んで襲う。もちろん、家畜や愛玩動物も関係なく屠る。だが人間と動物が並んでいれば、人間を最優先に襲うことが分かった。自身と同じくらいの大きさ、またはそれよりも小さな人間のことを恐れない。ただ食うためだけに人間を襲う。その姿は大食の王ベルゼブブとも恐れられた。
このとき初めて虫に名前が付けられた。それが”黒王蠅(こくおうよう)”である。
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