第1章

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 朝帰りした孫が突然見知らぬ女性を連れて帰ってきたのだ。美人局くらいの邪推も仕方ないのかも知れない。が、飽くまでも今の嶋野はフィールドワークの一環でここを訪れているのだ。その辺りの誤解はないよう、僕は祖父母に説明した。身振り手振りを交え、ただ昨晩の一件がある以上、どこかバツの悪さを覚える中、僕は人魚……もとい、半魚人を見たと言った幼いころの話を嶋野は聞きたいのだとフォローした。  「へぇ、ヒロがそんな話をするなんてね」  一応、納得した様子のキヨだったが、恐らく昨日の僕は気付かぬ間にアルコールを飲み、饒舌になっていた可能性が高い。元より口下手な方だ。何よりも自分の事を話すのは苦手な上、得意ではない。むしろ、嫌いだと言っても差支えない事をキヨは知っていた。  「んで、話を聞きたいと?」  次郎が訊いた。  「あ、はい」  「ま、昨日は何があったのか訊かないけど、上がっていきな」  キヨはぶっきらぼうに言うと、嶋野を邸宅へと招き入れた。リビングと居間は別に設けられていた。居間は昔ながらの装いを残しており、囲炉裏もある。隣の土間には、年末にもち米を焚くくらいしか用の成さない窯もあった。水場はやや大きく、畑で収穫した作物を洗う姿がよく見られた。  僕は土間から居間へと上がり、次郎も長靴を脱ぎ捨てから後に続いた。キヨは収穫した野菜を水の張った桶に放り込んでから、ヤカンに水を入れ、次郎が火を灯した囲炉裏の上に置いた。一方で嶋野はと言うと、どうやら未だ警戒心を見せるキヨの許可を待っているようだった。  「突っ立てないで、アンタも上がんなさ」  嶋野をまともに直視せず、横顔でそう促したキヨは、居間に置かれた茶箪笥から急須やら茶碗を取り出すと、お茶を淹れる準備に入った。  「失礼します」と断りを入れた嶋野は居た堪れない様子で靴を脱ぐと、乱れた僕と次郎の靴の位置を正してから囲炉裏の横へ用意された座布団の上に腰を下ろした。  「で、何の話が聞きたいんだって?」  胡坐の上に手を突いた次郎が早速と話題を振ってきた。  「あ、はい。実はですね」  嶋野は次郎とキヨに、僕が溺れた当時の記憶……印象について聞きたいのだと改めた。当然、理由が投げ掛けられたものの、流石に老人である二人に同様の答えは憚れるのか、嶋野は掻い摘んで、だが、要領よく説明した。  「つまり、何だ?」
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