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03
回顧録は理由から始まった。どうして話したがらないのか。答えは明白だった。今は昔の半世紀以上前、戦後からの復興も漸く軌道に乗った頃、僕が溺れた場所の辺りは穢土と呼ばれ、村八分にされた一家が住んでいたからだった。勿論、じいちゃんばあちゃんが小さい頃には慣習的な醜聞が残り、近付かないだけの場所となっていただけである。また、今のような防波堤の設備が整っていなかった同地は切り立った、潮に削られた崖が続いてた事もあり、当時は既に子供を近付かせない為の方便として使われる方が多かったようだ。
「だがな、昔からその辺には化物がいると言われていてな」
「アタシはホントに信じてたよ。誰が言ったか分からないけどね、人魚を見たとか言う輩も多かったしね。幼心に怖かったのを覚えてるよ」
キヨが嶋野を前に漸く猜疑心以外の感情を露にした。
「では、単に因習が口を重くさせていただけと言う事ですか?」
「ちいせぇ頃の慣わしってのは、じじぃになっても治せないもんだよ」
ひとり納得した様子の次郎が深々と頷いた。
「一応、この辺の資料は調べているので、そのような事実があった事は確認しています。でも、実際のところはどうでしたか?」
「どう……とは?」
質問の先が曖昧で要領を得ないらしい次郎が聞き返した。
「資料が完全に残っているとも思っていませんが、村八分にされた家族、と言いますか家系の人がどの時点から迫害されたのかは分かりません。それに何時まで住まわれていたのかも曖昧です」
「へぇ」と頷いたキヨと次郎だったが、元より与太話を教戒として聞かされていただけの二人には思い当たる節もないようだ。
「どうして博隆くんは半魚人に助けられたと思ったとお考えですか?」
僕自身はじいちゃんやばあちゃんから溺れた場所が不可侵である事を聞いていない。少なくとも自覚していない。若しかしたら物心が付く前に、そのような教戒と一緒に昔話を耳にしている可能性も考えられた。とは言え、だとしたら、どうして村八分にされたような人を善人として意識したのか疑問が残る。
「さぁ、どうかな……」
「確かに、ひろ君は地元の方に助けられたけど、ねぇ」
取り立てて気になる事はないらしいキヨが首を捻った。
「あ、でも……誰だっけかな」
「助けた人? もう亡くなった葛西さんとこの」
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