第1章

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 「あぁ、そうそう。その葛西さんのとこのかず坊がさ、前から言ってたじゃないか」  「何でしたっけ?」  「俺は拾っただけだ。海から来た奴から受け取っただけだって」  「あぁ――思い出した。それで、その助けた人を探したんだった」  流石のじいちゃんばあちゃんも年なのだろう。孫が溺れ、死にかけた出来事も曖昧で、仔細を欠いているようだ。葛西和正と言う人は知っている。三年くらい前に亡くなっており、小学校の中学年くらいまでは礼も兼ねた年賀状とお歳暮を毎年贈っていたように記憶している。が、別の誰かが僕を海から拾ったと言う話は初耳だった。  「それが半魚人だったのでしょうか?」  「さぁ、分からんよ」  次郎は唸った。キヨも頬を手に、頭を支え、昔のことを思い出そうとしている。  「その厚かましいお願いにもなるんですが」  これ以上は期待される話もないだろうと思ったらしい嶋野が畏まりつつも、言葉通りに勝手なお願いを申し出た。  「他に当時か、もっと昔を知っているかもしれない方がいれば紹介して欲しいのですが」  「他に……そうさなぁ」  視線を泳がせた次郎が暫く考え込んでいると、キヨが「おじいさん」と言いながら膝を叩いた。  「そうだ。あの辺にエビス様を祀っている小さな社があってな。そこを管理しているきくばぁってのがいて、90を超えるんだけども、その時、孫が溺れたときに世話になったんだよ。昔からあの付近に住んでて、村八分のそれも知ってるんじゃないか」  「そうなんですか?」  嶋野は興味深そうに目を見張ると、知りませんでした、と告白した。  「教授を介して役場の人とかの話も聞いていたんですけど、その方の名前は初耳です」  「噂じゃ、村八分にされた家族の面倒を看てたって話もあるしな。古い話だし、そう言う経緯もあるし、忘れてたか、無意識に憚ったんじゃないか?」  尤もな憶測だ。と思う一方、僕も嶋野が調べている件について興味が湧いてきた。無関係ではないと言うところも大きいが、人魚、村八分、エビスなど昭和の匂い漂う探偵小説のサスペンスドラマを連想させる面白いキーワードに好奇心を刺激される。  「会えますかね?」  「多分、会えるさ。近所に住んでるし、表札もあるし。近くに安形なんて家もないし、間違えないだろうよ」  「ただ、話してくれるかは分かんないわよ」
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