第1章

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 準備が終わり、仲間達との親睦を深める為と、坂崎の提供する海の家のメニューを食べる会が開かれた。聞けば、殆どが昨年から引き続きバイトしている地元に住む大学生らしい。当然、お酒も飲めない僕は、彼らが年上と言う事もあり、なかなか輪に入る事が出来なかった。  最初こそ気を遣ってくれたが、お酒が入ると、無礼講を履き違えた態度で接してくる大学生らのノリに、僕は終始困惑した。気付けばホールの片隅でひとり落ち着かないまま、ジュースを飲み、時々、盗み食いするようにオードブルの品を食べ、兎に角、時間が早く過ぎる事を祈るばかりとなっていた。  「こういうのは慣れない? 初めて?」  ホール全体がほのかにアルコールの匂いで満たされた頃、酔っていない者など誰もいないのではないかと思われた頃だ。そろそろお開きだろうかとホッとした僕に、ひとりの女子大生が声を掛けてきた。  嶋野裕子と名乗った女子大生――この場で数少ない素面の人物だ。誰だとか、何だとか聞く前に、嶋野はバイトする動機について語り始めた。どうやらお酒は殆ど口にしていないようだが、雰囲気に酔っているらしい。とは言え、完全に場の雰囲気に呑まれている訳ではないようだ。しかしながら、どこぞの大学に入っている。何々課を専攻している。将来の夢は何だとか。高校までは陸上部だったけど……などと聞いてもいない事を饒舌に語ったかと思えば、嶋野は不意に雑談に転じた。  「オーナーさんのお孫さんなんだってね。学生さん? 浪人生か。すごいな」  僕の返事に適当な相槌を見せながら、気持ち舌を巻くように質問してきた嶋野の意外な言葉に僕は困惑した。  「だって、言い換えれば、安易に滑り止めの学校に行かず、尚且つ一年も勉強するモチベーションを保つなんて、私には無理だよ」  少しだけフルーティーな匂いのする赤いお酒を飲み干した嶋野が本当に何の前触れもなく、唐突に口走った。  「ねぇ、知ってる?」  「ふぇ?」  仄かに赤い顔を突き付けた嶋野は、僕に囁くように問い掛けた。  「私、昔、この辺で、目撃された、って言う、人魚を、探し、てる、の」  呂律の回らない、舌足らずの声を敢えて出すように、そう言った嶋野の言葉で、僕は昔に見た半魚人の事をふと思い出した。
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