第1章

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 嶋野の質問に触発され、無意識に幾つかのイメージが僕の頭の中で浮かび上がって来た。とは言っても上半身が半裸の女性に、魚の下半身が繋がっているオーソドックスなものしか思い出せない。強いて言えばディズニーのアニメ映画に登場する人魚姫のアリエルがぼんやりと浮かんだという事くらいだ。  あとは超常現象やミステリーの特番などでたまに目撃する人魚のミイラだろうか。確か、猿の上半身に何かの魚をくっ付けただけのイミテーションだったと記憶している。勿論、本物とは思ってはいないが、記憶の中に焼き付いたイメージでは、まるで叫ぶような格好だったような気がする。他はジュゴンと言う海獣が人魚のモデルになったと聞いた事があるくらいだ。  「多分、足が鰭の女の子を想像したんじゃないの?」  まるで下心を見透かすように、ニヤニヤと口角を僅かに釣り上げながら微笑んだ嶋野は人魚の造形について説明した。  「きっとそのイメージはアンデルセンの人魚の姫やディズニーのリトルマーメイドのイメージが強いからでしょうね。でもね、元来、人魚の姿は複数あるの。例えば、そもそも人魚と言えば姫、雌、女性のイメージが強いけど、英語では男と女で異なる名詞を宛がってるよ。腰から下が魚だったり、足がそれぞれ一本ずつの尾ひれだったり、と複数あるの。種類としてもローレライ、メロウ、セイレーン、ハルフゥなんかもあるんだよ」  「はぁ」  僕は困惑するまま嶋野の話に耳を傾けた。何故、唐突に人魚の話が出てきたのかは分からない。だが、室内の飾りから嶋野が人魚に拘りを持っている事は想像出来る。確か文化人類学とかに関係する学科を専攻しており、芸術や歴史、民俗や宗教などを総合的に勉強していると言っていたような気がするからだ。  「一方、日本の場合は人面魚としての趣が強いの。古い物では『日本書紀』、『古今著聞集』や『今昔百鬼拾遺』などにその記述が見られるけど、江戸後期には西洋のイメージが広まったと言われているんだって」  「はぁ」  そうなんですか。と答えるしかない僕はやや冷めた味噌汁を飲み干した。  「あぁ~どうしてこんな話をするんだって思ってるでしょ?」  「ぇ――まぁ、そ、……ん」  耳は傾けるが、興味の薄い話である事は否定出来ない僕は、取り敢えずイエスと答えた。
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