第1章

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 「覚えてないかも知れないけど、私はそもそも君が言った半魚人の話を改めて聞きたかったから、誘ったんだよ?」  そう言った嶋野は、人魚というファクターの伝播と変遷に伴う歴史的、且つ文化的なパラメータの定式化が研究のテーマだと語った。簡単に言えば、情報が伝わる際、各地で受けてきただろう文化的な影響を体系化するものらしい。が、浪人生である僕は、大学の研究テーマなど馴染みがない。本当にそのようなテーマが有るのか、在っても研究テーマとして許される内容なのか、はたまた生産性のある研究になるのか僕には分からなかった。  「で、話を戻すけど、人魚を見たって話の事なんだけど?」  テーブルの上に乗り出した嶋野が詰め寄る。酔いの席だ。勢いと強制の結果、アルコールを飲む事となったが、一応、その辺りの記憶が僕にはあった。ただ誤解のないように説明すると、人魚ではなく……と説明しようと僕を遮り、嶋野が言った。  「半魚人でしょ?」  酔ってはいたが、決して聞き間違えたり、ボケてはいない。と言った嶋野が不敵に笑い、半魚人でも構わないのだと告白した。  「そう言えば、小さい頃の話で、おじいさんやおばあさんの方が覚えてるって言ってたんだっけ?」  どうやら、そのときの話をきちんと覚えているようだ。昔、こっちへ来た時に海で溺れた事があった僕は、その時に半魚人みたいなのもを見た覚えがあった。と言うか、見たという印象が強く残ってるだけで、実際はどうだったか、じいちゃんばあちゃんに訊かないと分かんない処ところがあるのだと、僕は繰り返した。ただ、じいちゃんとばあちゃんは僕に気を遣っているのか、当時の事についてあまり話したがらない節があった。  「溺れたの?」  「えぇ」と頷いた僕は、夢か幻だったのかも知れない。と釈明した。  何故か申し訳ない気持ちになる僕を見つめ、嶋野は「ふ~ん」と小さく頷いた。  「それってあれ? 半魚人に襲われたの? それとも助けられたの? どっちだと思ってるの?」  「えぇ~~っと」  正直なところ分からない。溺れたのだ。何らかの心理的なストレスやトラウマが海や魚など、或いは聞きかじっただけの話と混じり合い、奇妙な印象を記憶に焼き付けたのだろうと考えた方が無難だろう。若しくは、海から救い上げてくれた誰かをそう誤解してているのかも知れなかった。  「ま、いっか」
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