第1章

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02  広い土地。平屋の家は見た目は伝統的な造りに見える。が、老夫婦が暮らす都合、使い勝手の良いリフォームが施され、和風のテイストを残しつつも、内装とその機能はモダンなものとなっている。  「ここが和泉君の家……」  嶋野はやや圧倒された様子だ。柳井と言えば、地元では有名な資産家である。が、当人らからすれば先祖から引き継いだ使い道の少ない土地が余っているだけらしい。財産も殆どが土地であり、何回か繰り返された好景気や不景気のあおりで大した資産にはならないとのことだ。細々と農業を続ける傍ら、終活の一環で土地の整理も進めているそうだ。  確かに広い土地ではあるが、整備が行き届いているかと言えば疑問がある。庭園らしい庭園はなく、雑種地と山林、田畑が境目なく続いている感じだ。汚くはないが、自然のまま。と言ったところである。奥にビニールハウスが幾つか建ててあり、僕はそこに向かって歩き始めた。  多分、今の時間だと畑で仕事をしているだろう。僕らは畑の方へ向かった。嶋野は大学の研究の一環で取材するのだ、と言った手前、少しばかり小奇麗な格好をしている。足元はスニーカーではない。ファッションには疎いので、なんと呼べば良いか分からないが、少なくとも畦道を歩くには不便そうな代物だ。  人の気配が漂うビニールハウスを覗き込んだ僕は、少しだけ罰の悪い心持ちのまま先ずは挨拶を口にした。  「いやぁ、おかえりぃ」  汗だくの顔を上げた僕の祖父である柳井次郎がニンマリと笑う一方で、僕の後ろに立つ嶋野に目を向ける。  「誰だい?」と訝しげに応じながら農作物の草むらから顔を出したのは祖母の柳井キヨだ。次郎とは対照的な好奇な視線が窺える。  「飲み会があるってのは聞いてたけど、連絡くらい入れなさいな」  土で汚れた軍手を脱ぎ捨て、汗を拭くキヨは、露骨な猜疑心を表情に描きつつ、威嚇するような面持をぶら下げた顔で嶋野に近づいて行った。  「うちに何か用かい?」  「あ、っとそのですね」
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