第三章 夢のあとさき

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「お前はいたずらに人々の不安を煽っただけ、自分の不安の矛先を他者に向けただけだ!」 「ぬかせ小僧!」  開いた間合いを、今度はピーマンが詰めた。力任せの一撃をまた剣で受け止めるキャベツ。しかしピーマンの膂力はいまだ凄まじく、わずかでも集中を切らせば体ごと潰されかねない。ピーマンはピーマンで、譲れぬもののために戦っているのだと、キャベツにはその心情さえも痛いほどに伝わった。 「貴様は! 食われるだけの野菜の運命を! 変えたいとは思わぬのかぁッ!!」 「僕は――!!」  この戦い、力なき方が滅ぶ。キャベツは剣を握る手に力を込め、全身全霊を賭した。 「僕は、誰かの糧になるのが哀しいとは思わない……っ!!」 「何だと!? 無益な死を繰り返すばかりの世界にあって、虚しくはないのか……!!」  ピーマンが驚愕とともに眼を見開く。世界の真実を知れば、勇者とて憤激せぬはずがと、そう決め込んでいたからだ。だがキャベツは違った。 「無益な死なんかじゃない」  キャベツはピーマンの眼を真直ぐに見据えた。誰よりも力強い、勇者の眼差しだった。 「僕たちがもらった土のやさしさ、陽光のぬくもり……天の恵みと地の恵みが、僕たちを通してニンゲンや他の誰かに継がれ、そのニンゲンたちがまた畑を耕し、新しい命を創る――天と地のエネルギー、そして僕たちの命は、そうやって形を変えて巡っていくんだ。無益なんかじゃない。ただ失われもしない」 「死を恐れぬと……運命を受け入れるというのか」 「僕たちは皆、誰かの力になれる。それでいいじゃないか」  ジャガイモが迷い悩み、アカリが諦め、ピーマンが抗い続けた野菜の運命。キャベツが旅の中で見出した己が運命に対する答えは、誰のものとも違ったのだ。  ピーマンの剣からはもう、キャベツを退けるだけの力は失われていた。 「僕たちは――野菜なんだから」  瞬間、光が溢れた。 「ぐあっ!! こ、これはあッ!?」  たまらず飛び退くピーマン。光は魔王ごと暗き魔城を照らすと、夜の闇をも染め上げんほどの凄まじい奔流となって、全ての場所、全ての民に、恵みとなって等しく降りそそいだ。 「剣が、天地の剣が輝いている……!」  この光こそ伝説に謳われる『金色の輝き』、天地の剣が真の力を発揮した証であった。いつか夢で見た光景が、再びキャベツの脳裏にうかぶ。夢で見た輝きは、まさに天地の剣が放つ光そのもの――。
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