白練

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ざわざわと草木は音をたて、虫は静かに鳴き出し、影は闇を深くした。夏の夜独特の嫌な風が辺りを包む。 ――――ガサガサガサッ! 少年の後ろの草木から何かが近づく音がした。 「っ……!」 明らかに良くないものがそこにはいる。寒気が走った。山神様のいるこの山では強いモノは現れない。だが良くないモノであるのは確かだ。 「……ごめんね!」 「へ……、うあぁぁっ!!」 咄嗟に少年を抱き上げて地を蹴りふわりと身体を空に飛ばした。子供を抱えたまま空を飛ぶのは初めてだっから不安だったけど、一人で飛ぶのとあまり変わらずそっと安堵した。 ふと先程までいた草むらに眼をやると、良くないものがじっとこちらを見上げていた。強くはないようたが人の子では一堪りもない。抱き上げた少年がキュッと白いワンピースの肩口を握っているのを見てハッとした。つい逃げるために飛んでしまったが町の家々の灯りを一望出来るような高さの不安定な空が怖くないはずがない。 「しょ、少年、大丈夫?」 また、返事がない。恐怖のあまりに声も出ないのかと思い少年の顔を覗く。そしてそれは杞憂であったと知った。 「…………!!」 恐怖に歪むわけでも、ぎゅっと目を瞑るでもなく、少し垂れた目をいっぱいまで開いて暗い町を煌々と照らす無数の灯りに見入っていた。彼の目には既に涙は浮かんいでなくキラキラとした光を映していた。 「……綺麗でしょ?」 「!……うん、すごく!」 少し興奮したような声色に見慣れた景色なのに私まで嬉しくなる。 だがそれもつかの間。私はこの子をおうちまで送っていかなくてはならない。 「この明かりの中に、君のおうちもあるんだよね?お姉さんが連れていってあげるから道案内をお願いできるかな?」 出来るだけ楽しそうにおどけるようにすることを心掛けたが、途端に少年の顔が強ばる。 「帰りたく、ない……。」 当たってほしくない予想がドンピシャで当たり一人頭を抱えた。帰りたくないでは困る。私は人の子を拐う趣味はない。ただ遊んで、それで日がくれる前におしまいなんだ。神隠しをした日には山神さまに私が怒られる。 そっと片手で頭を撫でながら優しく問う。どうして、という言葉はそっと胸のうちに止めて。
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