白練

5/6
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
空中散歩もそこそこに少年は私の腕の中で眠りについた。はしゃぎ疲れた彼を起こさないようにそっと聖域に降り立つ。聖域は私の祠の側一帯の空間。本来なら何者をも侵入を許さない領域だが、聖域は少年を拒絶することはなかった。一枚の大きな羽織をどこからともなく出し、少年に掛けた。起きている間はとりとめもない話をした。少年の名前はシグレ。どんな字を書くのかはわからない。 何の疑いもなく私の膝の上で眠る少年の頬をそっと撫でた。彼の年は五つ。あと二年もすれば私のことが見えなくなると思うと、少し惜しい気がした。 空が白練りに色を変えた頃、少年をゆさゆさと揺すり目を覚まさせる。まだ寝ぼけ眼の少年を抱え、聖域をあとにした。 少しずつシグレからおうちの情報を聞き出す。 先生がいる。皆がいる。広い。人がたくさん。十字架。 言葉を繋げて想像する。 先生、というとどこかの学校の宿舎か何かか、修道院か、孤児院の施設か。彼の年から考えて修道院か施設。十字架はそのどちらにあってもおかしくない。 だが広い、人がたくさん、というと修道院ではないように感じる。彼の口ぶりからして、ミサや礼拝で一時的に人が増えるのではなく常に多くの人がいるようだ。 この辺りの孤児院、簡単に目星をつけてそれへ向かう。明け方とはいえこの時間帯に空を歩くのはあまり適切ではない。たとえ彼らからは見えていないとしても。 ひとつの孤児院の前で立ち止まる。 「君のおうちは、ここ?」 「……うん。」 閉まった門を飛び越え地面にシグレを降ろす。孤児院の左手にはなかなか立派な教会が建っていた。恐らくこの孤児院の所有するものだろう。少年が既に『主』のものだと思うと面白くない。 「そう、夜はあまり外に出ないほうが良いよ。」 「あ、あのっ!!」 手を離し祠へ戻ろうとしたとき、腰に抱き付かれる。 「……どうしたの?」 「ま、また……会いに行って良い……?」 不安げな顔に口角が上がるのを感じた。 「……いつでもおいで。」
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!