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シグレの腕を解き門を越え軽い足取りで町を歩く。彼が私のことを見ることができるのはあと数年。普通の子供なら一度遊べばお別れだが、彼はまた遊びに来るという。こんなに楽しいのはいつぶりだろうか?期待を胸に進んでいく。ジョギングをする青年と擦れ違うが彼に私は見えていない。それだけのいつものことなのに、それさえも愉快に思えた。
何より、嬉しかったこと。
『お姉さんの名前は何て言うの?』
『―――、』
自分の名前を最後に聞かれたのはいったい何十年前だっただろうか。誰に名乗る名前でもなかったが、自分でもちゃんと覚えていた。
『……鈴蘭、だよ。』
『鈴蘭!』
楽しそうに笑顔で私の名前を呼んだ。
ただ私を表すだけの名前だったのに、彼に呼ばれるとそれがとてつもなく素敵なものに感じた。私の中の何かが震える。
「ふふっ……、」
笑みが零れた。
山の麓まで行き、そして私は聖域まで駆ける。
昨夜いた良くないものは既に姿を隠していた 。
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