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おぼろに霞む満月が、月夜の道を照らしている。
薄暗い中で、街道筋に咲く菜の花が、黄色い花弁を揺らしていた。
街道筋にある宿屋「白木や」の一室で、むさぼるように粥を口に運ぶ三人の姿があった。
戸は全て閉じられ、一本の蝋燭だけが三人の顔を照らしている。
「外で、気配がするな」
僧侶の姿をした一人が、つぶやいた。
「そうですね。足音からして、十人はいますね」
山伏の格好をした甲高い声が応じた。
「追っ手かな。平家の」
三人目の稚児姿が続く。
三人は同時に粥の腕を置いた。
稚児姿が蝋燭を吹き消すのと、外から戸を激しく叩く音が響き渡るのは、ほぼ同時だった。
「ここにウシワカって小僧が泊まってるはずだ! 戸を開けろ」
中の三人は、返事をしない。
稚児姿と僧侶は脇に置いてあった短刀を手に取り、身構える。山伏は武器を持たず、立ち上がった。
「いるのは分かってんだ。開けるぜ」
外の声の主が、戸を蹴破る。
バリバリという音を立てて、戸が崩れ落ちた。
「見つけたぜ。お前がウシワカだな」
「いかにも。俺がウシワカだが」
外にいたのは十人ほどの男たち。それぞれ髪と髭を長く伸ばし、ぼろを身にまとい、刀やなぎなたを持している。
「山賊? 平家じゃないのか」
僧侶がつぶやいた。
十人ほどの男たちは、それには反応しない。先頭にいた中年の男が、叫んだ。
「さる高貴な方から、ウシワカとその仲間二人を生け捕りにせよとの命を受けている」
先頭の男は腰に差していた大刀を抜いた。
これに合わせるように、背後にいた全員が刀を抜く。
月明かりで刀身が不気味に輝いた。
「ふん。降りかかる火の粉は払わねばなるまいな」
ウシワカが残りの二人に目配せすると、二人は同時にうなずいた。
「ええ。やっちゃいましょう」
山伏姿の人物、ベンケイが言った。
「この程度の人数なら我ら二人で十分。大将はそこで見物しててくれ」
僧侶、カイソンが応じる。
「こりゃあ、頼もしいな。修行の成果を見せてもらおうか」
ウシワカが笑みを浮かべた。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! 行くぜ!」
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