第1章

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 深呼吸をしてみる。肺一杯に侵入してきた森の息づかいは、まるで僕と馴染みたくないように苦さを広げる。  どちらかと言えば、と僕は考える。森に拒絶されているのかもしれない、少なくとも、歓迎はされていないようだ。  目の前を何かが横切った。鈍い羽音を響かせるそれは、右手にある大きな木に止まった。カブトムシだ。しかも大型。  そうだ、僕は森と話をするためにここに来たんじゃない。あいつをつかまえれば、さっさとトンネルを抜けて戻るつもりだ。フタを元通りにしておけば、文句はないよね? 誇り高き森さん。  いつの間にか、森全体にそう問いかけている自分に気がついて、僕は肩をすくめた。おどけることで得体の知れない怖さを和らげたかったのかもしれない。  網を持ち直して、ゆっくりとカブトムシに近づく。一振り。見事、ゲットだ。網の中で意外におとなしいそいつを虫かごに入れ、一息つく。さて、とっとと引き上げるとしよう。  僕は虫かごを揺すってカブトムシの様子を確かめながら、秘密のトンネルに向かって歩き始めた。そのとき。  ヴィィィン。  森が泣いたような感覚が、僕の背中に被さった。空気が震える。渦を巻く。僕はのけぞりながらもあわてて振り向く。とたん、息ができなくなる。さっきまで肺に侵入していた静かな空気が、今度は意思を持った凶器となっている。それはまたたく間に強くなって、まるでトップスピードで走る新幹線の前面に張り付いているような圧力が僕を襲った。  この森では木の葉に等しいようなちっぽけな僕は、後ろに吹き飛ばされた。  いや、そうじゃない。逆だ。前方に引き寄せられた。空中遊泳をするような格好で、重力を無視した僕は森のさらに深いところに吸い込まれていった。  抱きしめていた虫かごの格子の隙間に胸の缶バッヂがはまり込み、引きちぎれる。スマイルマークの缶バッヂが虫かごの中で転げ回る。カブトムシは必死に虫かごにしがみついているようだ。こんなときでも微笑みを保ったままの缶バッヂを見ながら、僕の意識は次第に遠のいていった。  意識を失う直前、森の奥深く、僕の身長くらいの高さに真っ黒い穴が口を開けているのが見えた。  第一章【出会い】  目覚めたとき、目の前に誰かの顔があったときほど驚くことはないと思う。僕は思わずひゃっと声を上げてしまった。
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