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カエルは僕の腰辺りを指さした。虫かご、か。それがどうしたって? 僕の研究課題に身を捧げていただけるカブトムシがいるだけじゃないか。
虫かごを抱え、顔に近づけようとした僕は、小さな悲鳴を上げてそれを落とした。なんだ、これは。
虫かごの格子につかまっているカブトムシの羽根に、模様がついていた。スマイルマーク。
「あらら。そういうことか」逆立ちヘアの男の子が指を鳴らす。「お前、この中に何か入れてなかったか?」
そういえば、と僕は思い出す。気が遠くなる前に、胸元からちぎれた缶バッヂがこの中へ入るのを見たような。スマイルマークの缶バッヂが。僕は胸元に目をやる。真っ白いTシャツ。缶バッヂのついていたはずの場所の生地が破れている。
「缶バッヂのようね」美少女がうなずく。「それで、たぶん融合したんでしょう」
「融合? なにそれ」
「融合は融合だよお。金属羽根のカブトムシさんの誕生だあ」アニメ声の女の子がカブトムシを指さしてうれしそうに笑った。
「本土っていうのはね」アニメ顔の女の子によく似た男の子が、胡座をかいた僕の前にかがみ込む。「君のいる世界のことさ。どうしてかはわかんないけど、君は僕たちの世界に次元を越えてやってきたってこと。その際、かわいそうなカブトムシ君は、次元の歪みの犠牲になって、缶バッヂと一体化してしまったってわけ。大丈夫、金属の羽根でも、たぶん無事に飛べるから」
「そうなんだ」と僕は言う。そう言うしかない。僕の世界って。この世界って。僕はただちっぽけな理科の研究課題を片付けたかっただけなんだけど。異世界なんて求めていないんだけど。そんな体験を話したって、先生も困るだろうし。
「ま、そりゃあ、急にそんなこと言われても戸惑うよなあ」逆立ちヘアの男の子が、頭をかいた。「でも、来ちまったものはしょうがない」
「さっき言ってた契約って、なんのこと?」小さな不安が僕の胸に生まれる。契約って響きは好きじゃない。別に悪魔との契約みたいなものを信じているわけじゃないけれど、どこかがんじがらめの窮屈さを感じる。ちょっとした危険な香りも。
「それについては、後でわかると思う」カエルの着ぐるみが上下する。笑っているのだろうか。
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