『SINGULAR POINT』

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 慶松に抱かれて、分かった事がある。  まず、石田は相手に少なくとも好意を持っていただろう。こんな事を幾度もさせる相手なのだ。それに、石田は金のためだけに、抱かれるタイプではない。 「氷花、朝食は野菜スープでいいな」  慶松が階下に降りて行った。  では石田の相手は、何なのであろうか。石田を愛人にしたかったのだろうか。  俺もキッチンに行こうとしたが、やはりシャワーを浴びた。そっと触れてみると、完全に元に戻った気がする。  ここで慶松を受け入れたと思うと、まだ、信じられない。 「氷花、温かい内に食べよう」 「分かった」   でも、しっかり感触は残っている。限界まで広がり、内臓を一杯にされそうなくらいに、ここに注がれたような気がする。  リビングに行くと、慶松が先に食べていた。 「……岩崎はもうバイトか」 「俺も仕入に行ってくるよ。氷花はもう少し休んだ方がいい。かなり、無理をさせたしね」  それでと、付け足すように慶松が言った。 「忘れていたけど、岩崎の部屋って防音なんだよ。元の住人がそこでピアノを弾いていた」  声は聞こえていないよと、言いたいらしい。 「最初に言ってね」  昨日の夜の音が甦ってくる。時間の経過で、音が違って聞こえていた。石田の擬音語の意味が分かる。思考回路が麻痺しても、耳の記録は残っているのだ。  俺は自分の部屋に戻ると、本当に倒れるように眠ってしまった。  爆睡していると、携帯電話が鳴っていた。そのまま眠ってしまっていたが、どうにも鳴りやまない。慶松に何かあったのかもと、携帯電話を手に持ったが、窓の外には慶松の車があった。慶松は、荷物を厨房に降ろしていた。  電話を取ると、それは、石田であった。 「石田さん?」 「あ、氷花君。今日は、店は休みだよね?でも、行ってもいいかな」  何時なのかと見ると、昼の二時であった。慶松に電話が掛からなかったと言うが、今、荷卸ししているので、運転中だったのだろう。 「何か急用ですか?」  休みは休みたい。 「俺、男に抱かれたみたいだ」  それは、皆も知っている。 「前からですよね?」 「いいや。今日、初めてだよ」  どういう意味なのであろうか。 第十八章 弥勒 三  石田は松吉にやってきて、土産で魚の干物をくれた。  慶松は、石田の話を聞きながら、厨房で仕込みをしていた。今日は休みであるが、作りだめのできる調理などは事前にしている。
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