『SINGULAR POINT』

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COLLECTIONS 『SINGULAR POINT』 第一章 人食いの箱  大学で就活をしている時に、自分の原点を思い出した。  都会は野菜の価格が高いうえに、不味い。高級な野菜を買ってみると、どこか人間に媚びている味のような気がして、俺には合わなかった。  野菜が媚びているのではなく、野菜を作っている人間が、特殊な上流階級のために特殊な野菜を作っているのかもしれない。それは、社会経済であり、流通であって何も悪くはない。でも、自然を感じない味には興味が無かった。  俺の言い分に心配した兄が、病んでいると勘違いして田舎から野菜を送ってくれた。  俺は箱を開けて、泥の残る野菜の匂いを嗅いでみた。懐かしい感じがして、土が付いたまま野菜を齧ってみると、弾けるように汁が飛ぶ。俺は涙を流しながら、野菜を生のまま食べてしまった。俺が飢えていた味がそこにあった。  そこで俺は、田舎に就職した。毎日、おいしい野菜を食べる、それだけの夢であったが、叶えた事が嬉しかった。  そして毎日、取れたての野菜を食べる……はずだった。 「本社でも頑張ってください。氷花(しが)さん」  たった、二年で転勤になるとは思わなかった。  どこで間違ったのか分からないが、田舎の小さな営業所で、常に十人未満の社員数が心地よかったというのに、今日は俺の送別会になっている。 「氷花さんならば、本社でも大丈夫ですよ。何しろ、K商事でトップの営業成績ですからね」  百を超す営業所、営業職五万人、K商事。こんな田舎では、そんな大企業の肩書など何の役にも立たない。ここでは、K商事も、小さな商店と何の区別もない。  それに、無人?のような、この世界に慣れてしまったのか、菊池所長など、本社に行くと人の多さに蕁麻疹が出るほどだ。  先輩で同じ営業の千葉は、本社にいたことがあるが、ストレスで挫折していた。 「氷花、ここで営業できるのだから、どこででも出来るって」  同期の阿部は、今年この土地の女性と結婚するという。 「……俺は、たまたま、売ってしまっただけで、次は無いと思います……」  ここでは、熟れ過ぎた野菜や果物は、出荷できずに捨てるか、自分達で食べるか、近所に売るかくらしかなかった。でも、自然に熟れた野菜や、果物の味はとても美味しい。  しかし、売るとなると流通途中で腐る可能性が高かった。
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