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「茉莉花!」
ドアが勢いよく開いた音がしたと思ったら、彼の声が頭上から降ってきた。
彼がシンク内にあるタライと包丁を見て、すぐさま私の手首を取った。
彼の温かい指が私の手首を撫でる。
傷がないことを確認すると、彼はホッとしたように安堵の息を漏らして、私をぎゅっと抱きしめた。
彼の胸にぴったりと身体がくっつくと、とてつもなく早い脈が波打っていた。
その脈の速さが彼のものだと気付くのに少しかかった。
私の脈も彼の脈につられて、少し早くなる。
こうして2人して、脈を刻んでいる。
私たちはその脈が動く限り、生きている。
「……私、死ねないの」
彼の腕の力がぎゅっと強くなった。
締め付けられて少し苦しい。
でもその苦しさが生きようとする感覚。
「私、ずっと生きている気がしなかった。
生きたいと思うよりも、死にたいと思うことの方が多かった」
「うん」
彼が優しく相槌を入れてくれて、私はそれに流されて、思いが音になって外に出て行く。
「妊娠して初めて、この子のために生きたいと思ったの。
私の生まれてきた意味はこの子のためじゃないのかって……」
「うん」
「でも、もういないの。
いないのに、それなのに、私、死ねないの。
なんだかんだ生きてるの」
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