羽化できない蝉

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「うん。それでいい!   それでいいんだよ。それだけで……」 彼の声は泣き出しそうだった。 私の存在を確かめるように、彼の手が後頭部を撫でる。 彼の指が髪の毛に絡み、小さな痛みを感じた。 他人事なのに、どうして彼からはこんなにも必死さが伝わってくるのだろう。 私はゆっくりと彼の胸から身体を離して、彼の顔を見た。 彼は本当に涙を流していた。 「……私、湊さんとしっかりと向き合うことも避けてきた」 彼の頬に流れる涙にそっと触れた。 しっとりと指先が濡れた。 その感触がとても柔らかく温かくて、この涙に嘘なんてつけない。 「もしかしたら、いつか湊さんが私から離れていくかもしれない。  そう思ったら自分が壊れちゃう気がして、そんな弱い自分を怖かったんです。  昼も、夜も、湊さんの本当の恋人になってしまったら、湊さんに依存してしまう気がして、怖かった」 彼の手が私の手を掴んで、ぎゅっと力を込めた。 「依存していいんだよ。  一人で生きていけることが強いということじゃないと思う。  弱みを見せられて、何もかも信じられる相手がいてこそ、人も動物も、強くなれるんじゃないのかな」 彼の目がじっと私の目を見つめてくる。 その目に懐かしさを感じた。
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