第1章

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 それどころか、妻と身体を重ねる時でさえも、私の頭の中には玲子がいた。妻とのセックスは、完全に義理での行為になり果てていた。自分の下でうごめく妻は、年齢の割には若々しい身体を保っているが、玲子を覚えた私には、もはや単なる肉塊にしか見えなかった。私はいつも妻の上に玲子のイメージを被せることで、妻に歓びを与えていた。そうでもしないことには、妻に十分な満足感を与えることは不可能になっていた。  妻と肌を合わせながらも、私の意識は玲子と交わっていた。危うく玲子の名を呟きそうになったことも何度かあった。私は妻と動きを同調させながら、同時に玲子と意識を同調させていたのであった。  そういうふうに、私の心のスペースを、玲子という存在が急激に占めていった。私の生活のありとあらゆる隙間にさえも、玲子は染み込んできた。まさしく玲子を中心にして、私の生活が回っていたと言っても過言ではないだろう。  玲子との行為は、当初はホテルを利用した。が、そのうちに、大胆にも自宅で、しかも書斎の傍らにあるソファで行うことが多くなった。忙しくて外出する時間が作れないというのが、その理由の一つである。  だが、それよりも、いくら書斎には絶対に立ち入るなと釘を差しているとはいえ、壁一つ隔てただけの隣室にいる妻に、密やかな行為がばれやしないか、音が漏れないだろうか、といったスリルの醍醐味を知ったことが最大の理由であった。この危険な媚薬は、私を虜にした。痺れさせた。
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