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序章 レナール夫人の館
ヴェリエールの町を望むジュラ山脈の支脈の山頂のひとつにほら穴がある。
一時、このほら穴は大理石で囲まれたことがあったらしいが、いまはその形跡のみをとどめ、その脇に古びた石塔が立つ。
千穂は背負っていたリュックサックをおろした。
「お祖母ちゃん、今日はあたしが用意しますから、そこで待ってて」
後ろにたたずむ、黒いドレスに縁の長い黒い帽子をかぶり、碧いサングラスをかけた女性に言った。
帽子とサングラスに隠されてはいるが、面長で白髪の混ざる栗色の髪の毛、整ったかたちの良い鼻筋、眉は茶褐色で三日月型にくっきりと描かれ、碧い大きな瞳は心持ち憂いを帯びている。そして意志の強そうな引き締まった唇。瞳の先は石塔を捉え、傍らで立ち動く千穂に注ぐ目は慈愛に満ちている。
年齢を重ねてはいるが、未だにあの異性の心臓を凍らせるといわれた美しい面影がはっきりと残っていた。
長い黒髪を持つ千穂とは、明らかに、その出生の違いをみせているにも拘わらず、千穂の心もち碧い眼と目鼻立ちは、黒いドレスの女性の面差しを控えめながら滲ませていた。
そして、孫娘の話す日本の言葉に笑みを込めて軽くうなづく。
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