序章 レナール夫人の館

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 千穂はこの山頂にたどり着くまでの祖母の歩みを思い浮かべていた。  祖母は自分では認めたくないようだが、足腰がかなり弱ってきている。  五年ほど前、テアトルドパリで演じたミュージカル「ジジ」で主役のジジを演じたときに、楽屋に入る階段で誤って転倒し、足腰にかなりの打撲を受けたが、残りの一週間の舞台をやり通したのであった。  この時、ダニエル・デユランは六十歳の半ばであったが、その無理が、年齢と共に、特に下半身に影響を与えていて、時々歩行を困難にする。  ちなみに、「ジジ」は、ブロードウエイの舞台では、オードリー・ヘブバーンが主役を演じ、日本では映画「恋の手ほどき」として紹介され、主演のレスリーキャロンを始め九部門でアカデミー賞を受賞している。  祖母、ダニエル・マリア・パブロワ・デュランはこの年、この国の演劇アカデミーから、このミュージカルで演劇特別賞をもらっている。  賞といえば、二十年ほど前、フランスで最高の勲章といわれる、レジオンドヌール勲章の受勲を打診されたが、「わたしには資格がありません。赤いリボン付きのチョコレートなら頂きます」と言って断ったことは今でも話題になるほど有名であった。ダニエル・デユランはユーモアを含めて、この受賞を断ったが、その真の理由を知るものは少なかった・・・。     
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