5/8
545人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
 彼女にとってこの婚姻は、彼女の望みを叶えるための契約上のもの、つまり偽りのものではなかったのか。少なくとも彼は、ずっとそう考えてきた。  朝食を除き、時間を共有したことなど一度もない。必要最低限の連絡しかとらず、帰宅するのはいつも深夜で。毎日のように送り続けたメールは嫌がられて邪険にされた。    家に帰るのが嫌なのだろうと、そう思った。  好きでもない男が待つ家に帰るなんて、とんでもないことだろう。ましてや、過去に自分を好きだといった男が待っている家など危険極まりない。契約上のものだとお互いに承諾していても、彼が彼女に手を出さない保証などないのだから。  でも、だからこそ、彼は手を出さずに彼女の信頼を得ようと試みた。会話する時間すら与えられない結婚生活の中で、それでも自分が何をしていたのかを知って欲しかった。彼がどれほど彼女を想っているのかを感じて欲しかった。  だが、それらはすべて間違っていたのだろうか。この婚姻の本当の意味は……
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!