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 話し相手ができたことが、ほんの少しだけ嬉しかった。  同じ講義を受けた日、二人はたびたび昼食で同席した。はじめは一緒にいるだけで、ぎこちない会話しかできなかったが、だんだんと二人でいることに慣れ、砕けた会話ができるようになった。ちょうどその頃だった。  ある日突然、彼は彼女に告白した。 「好きになってしまったので、付き合ってください」と。  あまりに突然だったので、彼に何を言われたのかを彼女が理解するのに、かなりの時間を要した。頭の中を整理して考えた結果、彼女は彼にたった一言で返事をした。 「無理です」と。  彼を嫌いだったわけではない。むしろどちらかと言えば好きなほうだった。振った理由は全く別の、彼には無関係のことだった。  当時の彼女には婚約者が居た、ただそれだけだ。  告白を断ったあと、彼が彼女に話しかけてくることはなくなった。講義室では離れて座るようになり、彼女とすれ違っても軽く会釈をする程度で、言葉を交わすことは一切なかった。  それなのに、彼と話すことはなくなったというのに、彼女は彼のことを気にするようになった。
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