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地元の中小企業に就職していた彼は、営業で彼女の会社を訪れていた。
大学に通っていた頃とは違い、きっちりとスーツを着こなして、すっかり社会人になっていた。それもそのはずで、彼女が彼を最後に見たときから、既に三年のときが過ぎていた。
それなのに彼女は、彼の後ろ姿を一目見ただけで、それが誰であるかはっきりとわかってしまった。二度と会うこともないのだろうと思っていたのに、世間とは想像以上に狭いものだと思った。
彼の存在を認識して、彼女は咄嗟に物陰に身を隠した。
すぐにでも声をかけたかった。けれど、一度振った相手にどんな顔をして声をかければいいのか、彼女にはわからなかった。彼女はすぐに彼のことに気がついたけれど、彼は気づいてもいない、話しかけても彼女が誰であるかすらわからないかもしれない。
人付き合いが苦手な彼女が、ネガティブな思考で身動きを取れなくなっていたそのときだった。
「お久しぶりですね」
いつの間にか彼女のすぐ傍まで来ていた彼に、声をかけられた。心臓が止まるかと思った。
大学で他愛もない言葉を交わしていた頃と変わらない様子で、彼は彼女に再会を喜ぶ言葉をかけてくれた。
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