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「私と結婚しない?」  数年ぶりに再会した彼女にそう言われたときは、それはもう嬉しくて堪らなかった。  大学時代から想い続けてきた彼女の口からその言葉を聞くことができるとは思ってもいなかったから、迷惑をかけないようにと距離を起きながらも密かに想い続けてきた甲斐があったと感激した。  だが、彼はすぐに気づいてしまった。この結婚が、彼女が未だ受け入れることができない婚約者との関係を解消するための偽装結婚であることに。  彼女の真意を理解して、申し出を受けるべきかと少し躊躇った。  それでも彼は、彼女の申し出を受けることにした。夫婦として一緒に暮らすうちに愛情が芽生え、婚姻が白紙に戻らずにすむ僅かな可能性にかけて。  携帯端末をサイドテーブルの上に戻し、大きな掃き出し窓からバルコニーへ出ると、目の前に夕陽に彩られた都会の街並みが広がる。しばらくのあいだ目を細め、彼女が働く高層ビル街の方角を見据えたあと、彼は洗濯物を家事室へと運び込んだ。  壁も床も真っ白なこじんまりとした一室の片隅に、カウンターテーブルが備え付けられていた。
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