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「ちょっと待ってよ、確かこの辺に入れてたと思ったけど……あった!」
しゃがんでオヤツを見せてあげたのに、私の膝に前足を乗せ顔を舐めてくるので、胴を掴んで離していると男性が声を掛けてきた。
「こら甕止めなさい!」
尻尾を振りながら男性の腕の中に収められたが、まだガン見されていて苦笑いで誤魔化した。
「すみません、警戒心が強いので他の人には寄らないし大人しいんですが」
「いえっ、ウチにも小さな家族が居ますので大丈夫です。これオヤツなんで良かったらあげて下さい」
まだ太鼓の音がしてるので練習は終わってないし、どうせ待つなら可愛い姿を眺めてた方がいい。
フワフワの子の名前は甕といい、紫紺の飼い犬というか相棒らしく、大切に育てられてるようだ。
紫紺と同じクラスだと名乗り、世間話に花が咲き始めると袴姿の彼は顔を覗かせた。
「お待たせ―!すぐ着替えるから」
甕は飼い主登場でソワソワしていたが、また膝の上に乗ってきたので頭を撫でてみた。
吸い込まれそうな濃紺の瞳はとても綺麗だが、目の奥がジンワリと温かくなったので思わず目を背けた。
「月影さんはもしかして犬の世界にお住いですか?甕がこんなに傍に寄るのは疑問でして」
「いえ……友達は住んでますが違います」
照ちゃんが住んでいるので嘘は言ってないが、あまり深く聞かれたくなくてリュックを背負うと立ち上がった。
タイミングよく紫紺がこちらに来ると改めて紹介され、お辞儀をしてその場をやり過ごそうとしていた。
「同級生の月影百合さんで、こっちがウチで働いてる延喜と甕」
「紫紺様が来られる前に雑談してましたが、この方が例のお弁当の人でしょうか?」
「そうだよ、毎日いい匂いさせてて延喜もビックリするよ!?」
残り物がメインの普通以下の弁当で見られたくないが、陰で噂されてるのはかなり恥ずかしい。
「紫紺、貧相な弁当だからおかずの話止めてよ?」
そんな注意はお構いなく延喜さんには土産を出せと要求し、甕と戯れている姿は少年のようで微笑ましく思えた。
「ウチは近所で白苺が取れますので『苺大福』が有名です、お持ち帰り下さい」
白苺なんて見た事がないし、苺大福なんて洒落たモノは一度も口にした事がないと正直に言うと、白犬地方の二人に大笑いされてしまった。
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