萌葱刺繍

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姉の事を解放してくれるのかと着替えようとすると『私が植えた里芋のハウス見て来て』と自分の成果を褒めて欲しいようだ。 「部外者が勝手に入って芋泥棒だと思われないよね?」 「大丈夫、姉さん着物だし外から覗いただけでも芽伸びてるから分かるって」 借りてる着物の柄や手法はフクロウの世界独特のようで、何気に有名らしいし実際は高価な物かもしれない。 そんな物を着たまま『里芋を見て来て』と声かける妹は価値が分かってないに違いない。 イナリとその場を離れビニールハウスに向かったが、瑠里は休憩中も指示を仰がれていて、スーパーの店長さんとパートさんのやり取りに見え吹き出しそうになる。 初めは怖かったが慣れるとそう悪くないし、むしろ何事も起こらなければ私達向きな気もする。 農業について学んだり知ってる事を提供してクラスの人とも交流出来るし、いい運動にもなり毎日心地よい疲れで眠れそうだ。 夜間なので作物を育てるのはハウスの中だし明かりもついてるので安心して作業も出来る。 屋台から見た時はすぐにハウスに着くと思っていたが歩いてみると意外に距離がある。 着物なのでいつもより負荷がかかってるのかもしれない。 「イナリ、あの明かりを目指して進むよ?食後のいい運動になるね」 会話の内容がウチのドラム缶みたいでマズいと思い直し、王子相手にお洒落な話題の練習をしてみる。 「あれでしょ、ほら。お洒落女子はハワイでビーガンフード食べてるらしいよね。私はイケるけど瑠里達は絶対にむ……」 せっかくファッショナブルなフレーズを思い出したので、もう三回くらい使いまわしたかったのに言葉を遮ったのは視界じゃなく嗅覚だった。 『……これ、酔葉の匂いかも』 一回インプットされると忘れない甘い香りに振り向くと、ハウスを背に花壇の先に方向転換して歩いた。 今日は双棒を持ってるし、イザとなれば逃げてキツネ達にヘルプを出せばいい。 イナリが走り出さないようにリードを短く持ち、犬螺眼を使って奥に向かうと、誰かが殴られてるように見え腰を低く落とした。 仲間割れか何か分からないが、四人の男達と地面に倒れてる人が二人。 新たに今殴られてる奴を前に残りの三人は面白そうに笑っている。 一発殴られると吹き飛ばされたパワーを見て、酔葉の可能性が高い為、黙って踏み込んでいいか躊躇われた。
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