甘々な誘惑

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いつものように台所の音で目が覚め、ベッドから下りてリビングに向かう。 珍しく普通のテレビチャンネルで朝の情報番組が流れていたが、母の本当の目的は天気予報が見たいからだ。 「彼岸の前にジャガイモ植えたいんだけど、土が乾いてないと作業できないんだよね…今週の天気どう?」 朝食の準備をしながら質問をされたのでコーヒーを入れて代わりに見ていたが、まだ天気コーナーの時間ではないようだ。 電車が一時運休した事故のお知らせが終わると、次のニュースで一瞬動きが止まった。 「な……」 「何!?雨降るの?」 昨夜引ったくりをした男性が自ら警察へ出頭したというのだ。 犯行時に返り討ちに合い、怖くなって自首したらしい。 男のテリトリーや服装、映ったバイクからしてバッグを奪おうとした奴だと思われる。 「この近所も犯行エリアだったんだ怖っ!アンタら夜勤だから帰り道気を付けてよ。財布の中身は飲み物代だけにしたら?」 「あのね大金なんて持ち歩かないし、子汚い恰好しかしてない。でも犯人捕まって良かったね」 動揺して口が開けなかったが、タイミングよく後ろから瑠里が返事をしてくれた。 自首……返り討ち……なんか変だ。 小刻みに指が震えていたが顔を洗って服を着替えると、無意識に職場に出かけようとしていた。 「百合何処行くの、今日は休みでしょ?お知らせが来てるから皆で出かけようと思ってさぁ」 藤井屋からのダイレクトメールで、綺麗な封筒の中身は彼岸用のおはぎや桜餅の写真が印刷されている。 春の新作も出るようで、手紙を持参すると抹茶と好きな和菓子一品がサービスされると書いてあった。 「桜餅……いいね」 菓子パンをかじりながらチラシを見せるドラム缶の誘惑に、あっさりと職場に行くことを断念してしまう。 「上品な恰好にしてよ?老舗で高い店だから」 自分は払わないのにダメ出しをしてくる母にイラっとしながら部屋に戻り二回目の着替えをした。 「こんな綺麗な封書が届くって顧客レベルじゃない?まさか黙って買いに行ってる?」 「行くのはハツさんとだけど、おごって貰ってるから……そう言えば試食のアンケートで住所書いたような気がする」 「個人情報は無暗に書くんじゃないよ。藤井屋はいいけど、ネットショッピングとか気をつけてよ?」 口紅を塗っていた母がテヘッと舌を出したが、可愛さゼロで吐き気がしそうだ。
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