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小さなリン棒を指先でつまみ、軽く勢いをつけて振る。
きーぃぃい、ん……。
鼓膜で聞く、というよりも、脳の深部に直接響くようなリンの音が、私は好きだった。いつも、一つ鳴らして余韻を楽しみ、間を空けてもう一度鳴らす。
今日は、義母が亡くなってから初めて迎える誕生日だった。私にとって、初めての穏やかな義母の誕生日だ。
うちの狭いマンションに仏壇など置く余裕はなく、部屋のローチェストの上に飾ってある義母の顔写真の前が、思い出を巡らせる小さな空間だった。
そこに小振りのリンを置いたのは私だ。
如何にも遺影といった趣になるその小道具は、夫にとってはまだ切なかろうと、普段は写真の後ろに隠している。
だから、リンの音が響くのは、平日の昼だけだった。
きーぃぃい、ん……。
2度目を鳴らしてその残響までも聞き切ってから、私はゆっくりとリン棒を置き、手を合わせて義母の写真と目を合わせた。そして、黙祷。
そんな仰々しさが日常に必要かと問われたら、およそ必要などないだろう。私はもしかしたら、逆に義母の死を弄んでいるのかもしれないと不安になることすらある。
それでも、生前ではあり得ないほど近い位置から私を真っ直ぐに見つめ続ける強い視線を受け止める為に、不可欠な舞台装置だった。
義母は、私のいないところで私への文句を夫に漏らしていたのかもしれない。そう疑い始めたのは、夫が私へのプレゼント(特にサプライズ)は楽しんでいることに気がついたからであり、私が義母に接触する機会をできる限り潰そうとしている夫の様子に気がついたからだった。
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