音楽のような風

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目覚まし時計が定刻を告げるより、ほんの少し早く起きる事ができた。 冷えて重い空気に頭が冴え、二度寝の選択肢は無かった。 テレビを付ける。桜前線のお知らせが、いよいよ冬の終わりを予言する、セーターに袖を通す傍ら、関東でもこの辺は冬将軍の最後の砦、裏にでも住んでいるんじゃ無いかと一人クスリとする。 天気予報では一日中晴れ、花粉多し、それも大事だが、電車の交通情報を教えて下さい。 身支度を整えるのに30分、女性では短い方だと言う、なる程、やはり私には女子力が乏しい。 五分前行動、駅までの徒歩で五分、電車の乗り換えで五分、職場までの徒歩でまた五分、何だかんだで人より30分も早く出社する自分の血液型はA型。それが几帳面だと言うのならば、私には合っていると納得。 くだらなくも、貴重な時間の情報を惜しみつつテレビを消す。 そして家を出ると、昨日とは少し違う季節の進みに感心した。風が柔らかかった。しっとりと絡み着く空気が頬をくすぐる、進む足取りも軽い。 音楽が聞こえたような気がした。 誘われるようにあぜ道を行く。 早起きは三文の得と言うが、繰り返しの毎日にも飽くことなく、淡々と生きている私にとって、そんな些細な変化に喜びを感じてしまうのは、少し楽観的過ぎるのか、それとも来月三十路を迎えるせいか、結局自分の事と気づき、また一人笑った。 そして、足が止まる。 辺りが白い。 一瞬だけ、夢の世界か、御伽噺か。私にも不思議な話の一つでもできたのかと思った。 まだまだ茶色の地面に黄土色の葉が生い茂る田んぼや畑に、白く煙が立ち込んでいた。 夏にでもなれば、一面の青絨毯は私の自慢の景色だが。今日はどこもかしこも、見渡す限り白い世界。 雪ではない、脚にまで絡む半透明の霧が映えていた。 地霧と言う、水を含んだ土壌が暖かい日の光を受けて蒸発、霧を発生させる。 こんなに派手に煙るのは初めて見た。実際そうだが科学の実験を彷彿させる。 土の中の種子は土壌に含む水分量の変化で発芽のタイミングを掴むとか、じいちゃんが言っていた、ともすると今日の早起きも地霧のせいかと一理あると納得しつつ、思い出したように私は慌ててコンデジを取り出して、シャッターを押す、捉えられた私の心をフレームに収めた。
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