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「……暑いな」
秋津史兼(あきつ ふみかね)は額に流れる汗を無造作に拭い、校門を見ようと目を凝らした。視線の先には初々しい様子で帰宅する生徒達がいる筈だ。
もやもやとぼやけた視界の中では、やはりもやもやと何かが大移動しているように見えるから、きっとあれが新入生に違いない。彼は一人納得したように頷いた。
四月に入り、秋津はこのエブリスタ学園で最上級生に進級した。受験生になったとはいえ、相変わらず彼の興味は水泳という競技にのみ、独占されている。
秋津は担任教師が頭を抱える生徒の一人である。大人達は揃って真面目に自分の進路を考えろと彼に再三注意しているが、本人は曖昧に頷くだけで今の生活を改める気は全くないようだった。
「……新入生は入ってくれるだろうか」
そんな秋津には、大きな心配事があった。今現在の水泳部員が、自分ひとりだということである。
廃部など考えたくもなかったが、このままでは伝統ある水泳部の存続が危うい。さすがの秋津も落ち着いてはいられなかった。心から部活を愛している彼にとって、最大級の懸案事項である。
彼が入部した当時五十人以上は居たであろう仲間達は、もう誰も居なくなってしまった。原因は分かり切っていたが、秋津にとっては、どうでも良いことだ。
彼はいつも、水泳競技にしか興味が無いのである。
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