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「僕は酒井さんが思っているほど上手く生きていないよ。むしろ、その逆さ。みんなに僕という人間の価値を見出してくれている。良い仲間をもったものさ。もちろん、酒井さんも含めてね」
冷静に努めてそう言った。
酒井さんは冷たい目で僕を見つめていた。
「わかるよ、怖いものね。自分が誰だって思うことが。そうやってずっと、不透明でまるで神様にでもなったくらいの方が楽だもん。よくわかるよ、私もそうだから」
酒井さんは嘲笑った。
そして、十分間をとってからゆっくり、いや、鋭く言葉を投げた。
「だから、いつまで経っても鏡に映る自分の姿すら見られないのよ」
僕の呼吸は明らかに乱れ始めていた。きっと、心の奥底に閉じ込めておいた何かが動き出したからだ。
声が聞こえた。
『僕はいったい誰なんだい?』
その声はずっと優しい声だった。それなのに、僕はひどくその声に拒絶反応を示した。
どんどん視界が狭くなっていく。初めて死を意識した気がする。
僕は何度も目の前に転がっている酸素を取り込んだ。
「私も好きよ。みんと反対方向に歩くの」
そう言って、酒井さんはゆっくりと教室の扉を開け、こちらに振り返ることなく、教室の扉を閉めた。
群青色が滲み始めた空を僕は目を細めて見つめた。
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