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賑やかな個室の扉を開ける。
「あー米田くん来たんだ!」
一際大きな声で金沢さんが言ったことで、みんなの視線が僕に集まる。その向けられた視線の中で、どういう状況か僕は把握する。そして、どうこの場に溶け込むかを考えた。
今日は金沢さんと僕を除いて、スーツを着ていた。お酒が入っているからだろうか、みんなの表情はいつもより明るかった。だから、僕は疲れているふりをした。いや、実際に疲れているのかもしれない。
飲み会において何が重要かと考えると雰囲気だと思う。ただ、そういう雰囲気になるのは誰かが踏み外さないように調整しているからである。
僕は個室を見渡す。出口がちょうど正面に見える位置に座り、とりあえず乾杯をする。みんなの話ににこやかに耳を傾け、右に傾きそうになれば、左に修正し、左に傾きそうになれば、右に修正した。いわゆる、楽しい雰囲気を保つバランサーになり、さぞ自分も楽しんでいるように振舞う。
「米田くんってクールだよね」
金沢さんはワインに口をつけてから言った。わざわざ金沢さんと話さなくてもいいように離れたというのに……。金沢さんは上目遣いで、僕の返答を待っている。
僕は酔ったふりをする。
「いやいや、そんなん……じゃないよ」
いつもより声を上ずらせた。僕の方からも誘ってみた。気持ちが変わったとか、雰囲気に流されてしまったということでいいだろう。
金沢さんはいつも以上に上機嫌だ。
「あっ……」
手元がおぼつかないのか、金沢さんは箸をテーブルの下に落とした。箸は僕の足元の近くにあることに気づき、僕はそれを拾うとかがんだ時、金沢さんは僕の耳元で囁いた。
「あとでね……」
優しい声だったけど、とてもつまらないものだった。
金沢さんは首を少し傾け、目を細めた。あの表情をすれば誰でも好意的に捉えてくれると思っているのだろう。
「うん」
僕はすかした表情でそう言った。求めているような人間像を相手の意図に沿うように演じる。これだけで人は簡単に心を開いてくれる。
心が近づけば、人は黒い部分を隠すことをよく忘れる。僕はそれを見たかった。特に金沢さんのは――。
金沢さんはさぞ満足した表情で教授が座っている方に向かっていった。本当に抜け目のない性格をしている。さすがの僕でも感心するほどだ。
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