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 僕はごまかすようにお酒を飲んだ。酒井さんどんな表情をしているのか、見られなかった。一体、僕は何をしているのだろうか。 「じゃあ、そろそろ宴もたけなわですが、そろそろ」  幹事の砂川が声をあげ、僕は時刻を確認した。  まだ、終電まで時間があった。  僕はなるべく誰とも接触しないように店を出る。夜風は僕の火照りをさらっていった。  二次会へと向かう集団を尻目に僕は逆方向へと歩き出す。いつもそうだ。僕は誰かと反対側を歩いてきた。今更、このことが特別だとは思わない。 「お前はいつもそうだな」  その声に僕の足が止まる。そして、なるべく冷静な表情を作り、振り向いた。 「明日早いからな。砂川こそ、あっちの集団に行かなくていいのか?」  砂川はお洒落な人間だとは思う。ただ、そのお洒落が自分だけではなく他人にまで押し付けてくるのが厄介だ。自分の思っているように着飾っていないと自分の思っているようにしようとする。  それは外見だけにはとどまらず、内面まで入り込んでくる。 「俺はもう帰るんだ。お前こそさっきの二人置いていっていいのかよ」  砂川は眉間にしわをよせた。  それを見た僕は心底呆れた。また、偽善者がここにもいる。心を彫刻刀で削り取ってしまえば、少しは良くなるのだろうか。 「ああ、あの二人は僕のタイプではないからね」 「米田は経験しておいたほうが良いと思うけどな。まあ、これ以上言うのはやめておく……じゃあな」  砂川は満足したのか僕の前から姿を消した。僕はじゃあなと返さなかった。誰かと関係が近くなりすぎるとこういう厄介事が増える。  人間関係は利用するものだと思っている。嫌な奴を嫌な奴とだけ認識して付き合うのはストレスになるだけだ。でも、そういう奴こそ、自分のために利用すべきだ。  僕は砂川という人間を利用した。誰かにお節介なほど気を回す人間には散々に回してもらう。すると、僕に向くはずの矛先が砂川の方に向いた。僕はその状況をとても楽しんだ。さて、偽善者はいったい誰なのだろうか。
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