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機械音が僕の頭の中で鳴った。
また、口だけの偽善者だ。僕はそう分析した。
僕の目の前には、オールバックに黒縁のメガネをかけた掛田教授が座っていた。掛田教授はコーヒーを片手に、テーブルに置かれた資料をこちらに向けて、話し始める。
「きみも、もうそろそろ卒論に向けて色々と考えていく時期だろう? 良い経験になると思うんだよ。どうかな?」
将来のためにとか、良い経験になるからとか、言葉では無責任に相手を気遣える。僕はその裏側に隠された本心をいつも見つめている。
白い建前から黒い本音を導き出すことは正直面白い。ああ、この人はこういう人間なんだって思って納得する。
良い人なんてこの世の中にいない。いるのは黒い部分をごまかそうと白く塗っている人ばかりだ。
僕はそれを知っている。
「分かりました。前向きに検討します」
僕は相手に合わせた言葉を選択し、笑顔を作る。
掛田教授は典型的な偽善者タイプだった。自分のことしか考えていないのに、あたかも相手のことを第一に考えている風を装う。
こういう人間には、騙されたフリをするのが一番である。そうすれば、相手は勝手に安心してすぐさまぼろを出す。僕はその瞬間が至福のひとときである。
「掛田教授、この前の本読みましたよ。幼児教育の遊びの重要性よくわかりました。教授の文章綺麗で読みやすかったです。では、また後日連絡します。失礼します」
少しだけ相手に僕という人間に印象をつけておく。人は褒められると誰だって嬉しいものである。それが苦労して作り上げたものであればあるほど絶大だ。
僕は知っていた。掛田教授が休日を返上して執筆を行っていたことに。
掛田教授には、ちゃんと自分のことを見てくれているという特別感が増し、同じように声をかけていた学生とも区別される。
全ては僕の思惑通りに進んでいるとは知らずに。僕は満足な表情を表に出さないように研究室をあとにする。
研究室の扉が閉まると同時に息を吐いた。
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