第1章

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 若い男女だけでなく、老人もいた。彼は階段を一人で占領していた。監督指令室から見たときには、軽い動作で楽しそうに仕事をしているかのように見えた。が、実際はそうではなかった。。彼は内面に渦巻く様々な感情を、猿のように動きで表現しているだけだったのだ。というのは。  彼は気が狂っていた。踊りながらも頭に入る指示だけは忠実にこなしていた。指示を遂行することで、生きていることを辛うじて己に納得させているのかもしれなかった。あるいは踊ることで、生存本能が末期的な自己崩壊に歯止めをかけていたのかもしれない。 「現実と理想は必ずしも一致しない」所長がため息混じりに言う。 「幻滅したかね? 期待はいつも裏切られるものだよ。だからこそ次を追い求めるのかもしれないがね。でもまあ、慣れればそう悪くないところさ。慣れるか狂うかのどちらかを選択できた時、安らぎが訪れるはずだ。君にもね。もっとも、住人になるのを止めるという選択肢は、すでに残ってないがね」  止める気なんて起こらない、と私は思った。たとえ自己が崩壊したとしても。現実の地獄より架空の天国を選ぶ気持ちに変わりはない。  所長に尋ねる。「あなたはどうなのです? あなたはここの住人になる気はないのですか」
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