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「偉大な作曲家は、人の精神まで支配するのだよ。君の周りにいる連中のみならず、彼女のような美しく聡明な女性でさえもね。才能のあるものにだけ認められた報酬さ」
所長がそう言った時、メロディが変わったのだろう、彼女は静かに服を脱ぎ始めた。たちまち一糸纏わぬ姿になる。そして、そのまま傍らのソファに横たわり、私からは見えなくなった。
「かわいそうに」私は呟いた。
「かわいそう? ふ。彼女の名誉のために言っておくが」所長が苦笑する。「彼女は自らこの運命に身を任せたのだ。私の強制など一欠片もない。かわいそうなどという感想は的外れだね」
「私がかわいそうと言ったのは」私は静かにため息をついた。「所長、あなたのことですよ」
「……なんだと?」
「狭い世界で限られた人々だけを意のままに動かして、それをさも自分の才能がもたらした恩恵だと思い込んでいる。勘違いも甚だしい」
「おい君。何を言っているんだ。いい加減にしないか」所長が声を荒げた。
「いや、勘違いじゃない。あなたにはわかっているはずです。本当の悲しさが。自分をだまして生きることの虚しさが」
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