第1章

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 この最近まで私は、ある有名な音楽家(マスター)の専属で楽器の調律を行っていた。長年の実績により私は確たる信用を築き上げていた。ところが、何の運命のいたずらか、とんでもない過ちを犯してしまったのだ。  マスターがとても重要視していたパーティ――そこには、各国の要人も出席していた――において調律ミスをしてしまったのである。  今思えば、マスターの名誉ある演奏ということで、前日に飲み過ぎたのがいけなかったのだと思う。あまり酒に強くない私は、翌日にアルコールを残してしまった。それが、私の感覚を狂わせたのだ。  耳が肥えた出席者たちは、調律のミスをたちどころに指摘した。その結果、マスターの評判は惨憺たるものになった。当然のごとくマスターは狂ったように激怒し、泣き喚いた。私を食い殺さんばかりの勢いだった。それで私は、殺人者から逃れるがごとく彼の元を飛び出したのだった。  私の失態は業界中を駆け巡った。もはやどんなに小さな職場でさえも、私を雇ってはくれなかった。私は飲んだくれた。あまり飲めない酒に、皮肉なことに失敗の元になった酒に溺れた。そんな時だった、所長が私の肩を叩いたのは。
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