第1章

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 単純作業が辛いと感じるのは、おそらく人間に知識欲、及び向上心があるからだと思う。住人が単純な作業をも喜々として遂行しているのは、ここの環境同様、心が真っ白になっているからであろう。  真っ白な心。それは、人間が最後に還る場所なのだろうか。いや、あらゆる生命の最終到達点なのかもしれない。  ここの住人を見ていると、私は「人間」を感じる。少なくとも、「下界に生きる醜い人々」よりは、ずっと……。  私は。  私は、どうなのだろう……。  私がここへ来て三ヶ月が過ぎた。仕事は単純で何の問題もなかった。が、それだけに、ほぼ密室ともいえる環境でのルーティンワークが辛く感じるようになってきた。その最大の理由は、彼らにある。彼ら――白い部屋の住人。  正直に言えば、彼らが羨ましく思えてきたのだ。窓の下で働く真っ白な住人。自ら考える必要は一切なく、与えられた指示だけを着実にこなしていればよい。意思能力を封じ込められてはいるが、その分、考える面倒がないのだ。安全で苦痛もなく虚しさも感じない。生活は保障され、もちろん失業もない。  何よりも私が惹かれたのは、住人の歓びに満ちた表情だった。満面に純粋な歓びを溢れさせている。あんな顔は、今の世の中ではまずお目にかかれないだろう。  そして、悲しみなど一切無縁の表情。悲しみ。そう。私は。私は、もう……。  どうせここを辞めても、私にはもう働く場所はないのだ。
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