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ううん、とカオルが首を振る。「そうじゃない、あの蜘蛛のためよ。あたしが生きている間は、彼はこの笛の音色を楽しむことができる。楽しみを少しでも長く味わわせてあげたいじゃない?」
だって、とカオルはあたしの顔に自分の丸い顔を近づける。意外と大きな口がニィと横に伸びる。「黒ちゃん、ほんとにうれしそうなんだもの」
「黒ちゃん、って、あの蜘蛛の名前?」
「そう。単純だけど、それ以外、ないって感じでしょ」うふふ、とカオルは口に両手を当てて笑った。
「足、痛くないの?」あたしはカオルの足先に目をやった。五本の指があった場所はすでに皮膚で被われ、はじめからなにもなかったようにきれいだ。「あたしの足は生まれつき、こういう足なのよ」と言われれば、その通りだと思ってしまうような自然さだ。
「ぜーんぜん」カオルが顔の前で手を振った。「食べられるときも、その後もね。たぶん、黒ちゃんの唾液に秘密があるんでしょうね。傷口だって、三日できれいになったもの」
へえ、そうなんだと、あたしはなおも奇妙な形の足先を見つめていた。そのせいだろうか、カオルが短いため息を漏らした。
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