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「決まっているじゃない。餌よ餌。あたしは黒ちゃんの餌になるって決めているの。他の蜘蛛じゃ、いや」
「でも、そんなに気に入られているのなら、食べられないんじゃない? 食べたらカオルの笛、楽しめなくなっちゃうよ」
「それはそうなんだけど、いつかは飽きるだろうしね。それに」カオルが胸の上に手を置いた。「餌だっていつまでも美味しいわけじゃないし。パパが言っていたんだけど、女の子が一番美味しいのは、十代の半ば頃なんだって。それ以後は、だんだん味が落ちていくみたいよ。どうせなら、一番美味しい時期に食べてもらいたいじゃない。あたし、黒ちゃんに喜んでもらいたいの」
「そんなものなのかな」
「そんなものよ。まあ、鳴子もそのうちわかると思うわ」
蜘蛛の巣が大きく揺れた。あたしは木の葉の布団の上に仰向けに倒れた。
なんなの? またさっきの蜘蛛がやってきたの?
「餌の時間よ」カオルが蜘蛛の巣の中央を指さす。「ほら、あの人。今日の餌になる人よ」
蜘蛛の巣の真ん中で、男の人がもがいていた。中年の男の人。どこかの家庭のお父さんみたい。巣の上に放り投げられたんだろう、背中が糸にくっついてもがいているのだ。
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