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なんとか糸を外し、その男の人は上半身を起こした。あ、と男の人が声を上げた。下を見る。今度はお尻がくっついたみたいだ。悪態をつきながら、両手をめちゃくちゃに振り回した。
「あの男の人の家族が今日の黒ちゃんの餌ね」カオルがパンと手を叩いた。「まずは一家の大黒柱である父親からだわ」
男の人は頭をかきむしり、ギャアギャアわめきながらひとしきりもがいていたけれど、そのうちあたしたちに気づいた。コホンと咳をひとつして、蜘蛛の巣の上に胡座をかいた。ふて腐れた顔で腕組みをし、口の中でブツブツ何かを言っていた。
──まったく、なんで俺が、どいつもこいつも、ふざけるな、餌なんぞ──
そんな言葉が断片的に聞こえたけれど、それ以上は何を言っているのかわからなかった。男の人が口をへの字に曲げてウー、とかムー、とかうなるばかりだったから。うなる合間に、巣から尻を浮かせようと何度も試みていた。
黒ちゃんが高い木の枝から糸を伝って下りてきた。男の人の目の前にふわりと立った。
男の人は黒ちゃんを横目でチラと見ただけで、すぐに目を逸らせ、フンと鼻を鳴らした。口の中で、バカめが、とつぶやいた。
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